ショスタコーヴィチの交響曲第5番の個人的名盤

ショスタコーヴィチの音楽は、とにかく非音楽的な観点から評価されがちです。ショスタコーヴィチ本人の半生や暴露、ソビエト連邦の政治と音楽批判は、確かに避けようがないものです。しかし一般人からすれば”だから何?”(So what?)と言いたくなります。純粋に音楽として聴く際に必要になると思えません。

私はショスタコーヴィチについてそこまで詳しくありませんし、彼の音楽の全てが好きであるとは言えません。この交響曲第5番の他には6番〜10番、チェロ協奏曲第1番、ジャズ組曲ぐらいしか聴きません。無知であるからこそ純粋に音楽を楽しめる部分もあるはずです。私のような素人が聴いても分かり易い録音をご紹介します。

(※幾ら素人とは言えど、この曲を”革命”という副題で呼ぶのは流石にナンセンスだと思う、と一言付け加えておきます。)


■非ロシア物その1:バーンスタイン/ニューヨークフィル

個人的な思い出補正が強い1枚です。このバーンスタイン盤こそ私が初めて買ったCDだからです。高校生だった当時、何のラジオなのかテレビなのかは忘れましたが、他の素人達と同じようにタコ5の4楽章に1発で魅了されたのです。学生だった自分の感性にこのカッコ良さが堪らなく響きました。その後の大学オケではお遊びの身内演奏会で4楽章だけやりました。死ぬかと思いました。

話を戻すと、この1枚はどうやら1979年の来日東京公演ライブであるらしく、ライブ盤の迫力はやはり捨てがたいものです。4楽章からタコ5を知った人間なので4楽章も好きなのですが、3楽章も同じぐらい大切なのです。

タコ5はこの3楽章があって4楽章が生きてきます。3楽章にはソビエトの雪に囲まれた荒野で寒さに耐え忍ぶような苦悩と感情があります。今回紹介する盤の中で3楽章が最も長いのが、このバーンスタイン盤です。この16分間を耐えきった後に聴く、ムラヴィンスキーよりも速く豪快な4楽章には、他の何物にも代えがたいカタルシスがあります。スターリンが喜ぶ気持ちも思わず分かってしまいます。この1枚を最初に買って、最初に聴き通して本当に良かったと思います。


■非ロシア物その2:ネルソンス/ボストン響

ネルソンスのショスタコーヴィチは極めて現代的で庶民的です。バーンスタインの粘りも無ければロシア臭さもありません。”スターリンの影の下で”というアルバム副題は正直どうかと思いますが、演奏自体は超分かり易いです。

テンポのメリハリと強弱の付け方は実に優等生です。ボストン響の演奏も素直にネルソンスに従っており、小澤氏時代と変わらない真面目で嫌味の無い音楽が自然と耳に入ってきます。ロシアの交響曲とはとても思えない演奏です。一種の映画音楽を聴いているかのような気分にさせられます。これを聴くまではバーンスタイン盤かゲルギエフ盤が入門盤だと思っていましたが、とんでもない!ネルソンス盤の方がずっと聴きやすいです。

この他の8番と9番、グラミー賞を受賞した10番も同じく聴きやすいです。ショスタコーヴィチはそこまで好きではなく、理解もできていない私にとっては非常に有難いです。私にはハイティンク/コンセルトヘボウは退屈過ぎて聴き通すことができず、バルシャイ/WDRはえげつなさ過ぎて繰り返し聴く気になれません。ネルソンスの録音が新しい定番になる時代が来るのかもしれません。


■ゲルギエフ/マリインスキー歌劇場管

ロシア物の中では比較的落ち着いて聴けるのがゲルギエフ盤です。こちらも十分庶民的です。所々ロシア臭さを感じるものの、ムラヴィンスキー時代のような冷たさはありません。ゲルギエフらしい情熱があります。

今となってはネルソンス盤があるのでこの1枚の価値はそこまで高くないとは思うのですが、人間味を感じることができ、程々のノリでスパイス程度にロシアンな気分に浸りたいないならこれを選ぶ価値があります。逆にえげつないタコ5が聴きたいならムラヴィンスキー/レニングラードフィルの晩年ライブ、スヴェトラーノフ/USSRの68年、ケーゲル/ライプツィヒ放送響のものが良いと思います。悲鳴のようなタコ5が聴こえてくるに違いありません。


■ムラヴィンスキー/レニングラードフィル最晩年のタコ5

初演指揮者であったムラヴィンスキーのタコ5はたくさんありますが、私は最晩年のこの1枚が一番好きです。ひたすら高速のインテンポで粛々と進んでいく、誰の有無をも言わせない圧倒的なオーケストラドライブと楽器の響かせ方は、聴いていて痛快な気分になります。

これを聴いてしまうとしばらくロシア物から離れられなくなります。こういった演奏にこそ”スターリンの影の下で”なんて言うナンセンスなアルバムタイトルが似合います。誰も付けないでしょうけど。私も付けたくありません。とにかくムラヴィンスキーはやはりムラヴィンスキーです。録音になっても伝説は伝説のままです。

上乃木 燕二
クラシック音楽のブログを運営しています。後期ロマン派〜新ウィーン楽派がメイン。交響曲ネタが多目。オペラ・室内楽を扱うべく奮闘中。元トロンボーン奏者。チェロやりたい。マーラーとテンシュテットが心の師匠。