マーラーの交響曲第5番の個人的名盤

マーラーの交響曲第5番は、1番”巨人”に次いで最も分かりやすいマーラーの音楽だと思います。5楽章形式でありながら比較的長くない、声楽がいない、特殊な楽器(鈴やハンマー)が入っていないことが要因だと思います。私もご多分に漏れず、このマーラーの5番からマーラーの音楽世界の中にのめり込んでいきました。

今回取り上げる6枚は、音楽的な偏りがなるべく無いように選んだつもりです。指揮者、オーケストラ共に全てバラバラです。マーラーの世界に踏み込む人が一人でも多く増えることを祈りつつ、個人的な名盤をご紹介致します。


■テンシュテット/LPO(1988年ライブ盤)

一言で表現するなら、狂気と悲鳴が木霊する暗澹たる1楽章から始まり、天上の音楽によって浄化される4楽章を経て、圧倒的な音圧が支配する華々しい5楽章に至るまでのカタルシスを楽しめるのがテンシュテット盤の最大の売りです。バーンスタインほど粘々していないのでより分かりやすいと思います。私はこの1枚でマーラーの音楽の虜になってしまいました。お下劣な爆演では決してありません。テンシュテットの演奏にもマーラーの1世界があります。合うか合わないかは別問題ですが。


■バーンスタイン/VPO

マーラーの5番を聴き始めてから、割と最初の頃に聴いたのがバーンスタインの後年盤です。正直に申し上げて、当初私はバーンスタインのマーラーが全く分かりませんでした。あらゆるマーラーを聴いた後に聴き直してみて、初めてこの盤の良さが分かったような気がします。エゲツないテンシュテット盤だと思えば、確かにこれもアリだなと思うようになりました。

マーラーの音楽的世界観に1個人として深く浸透し、揺れるに揺れまくる有機的で自己陶酔的な表現を用いてまでやり切ろうとするバーンスタインの姿勢を理解できるようになったからです。今でもこのバーンスタイン盤を聴き通すには十分な気力が必要です。しかしバーンスタインの録音でしか感じ取れないマーラーの世界があることも間違いありません。


■クーベリック/バイエルン放送響(ライブ海賊盤)

テンシュテットやバーンスタインほどでは無くとも、マーラーの音楽を意欲的に表現しようとするマエストロはたくさんいます。クーベリックもその一人です。DGとのセッション録音盤も素晴らしいと思います。しかしライブでのクーベリックはより主観的に燃え盛ると思うのです。音質と分かりやすさで言えばDG盤に分がありますが、このライブ盤にはテンシュテットのライブ盤に負けないだけの主観的な表現があります。クーベリックの録音らしい煌々と輝くトランペットも魅力の1つです。マーラー怪物達の5番ではやり過ぎと感じるのであれば、クーベリック盤を検討してみる価値は十分あると思います。これも十二分に凄まじいマラ5だとは思いますけど。


■ショルティ/シカゴ響

マーラーの音楽に絶対的な金管の演奏を求めるのなら、ショルティとシカゴ響のマーラーが一番相応しいと思います。ショルティの5番には往年のマーラー演奏らしい、主観的で凝りに凝った表現はほとんどありません。実にサッパリとしたマラ5です。私もマーラーを聴き始めた時はこれも良く聴いたものです。

ショルティがシバき上げたシカゴ響の金管には凄まじいものがあります。テンシュテット盤のようなカタルシスの要素が薄いのは個人的にあまり好きではないのですが、この迫力に勝るマラ5はそうそう無いと思います。肩肘張らずに冷静に聴き通すことができるのも好ポイントです。


■メータ/ニューヨークフィル

バーンスタイン存命中のニューヨークフィルでマーラーを振るのは、物凄い勇気と根性が必要な仕事だと思います。この頃までのメータはハングリー精神旺盛で、音楽に対する情熱も今以上のものがあったと思います。

89年のメータによるこのマラ5は、バーンスタインの一時代にお別れを告げるような実に清々しいマーラーだと思います。ショルティ盤の趣に近いものがありますが、それでもやはりニューヨークフィルであるためか、より分かりやすく人間味のあるマラ5だと思います。ショルティ盤では非人間的過ぎると感じるのであれば、メータ盤もお薦めできる1枚です。ニューヨークフィルの金管もシカゴ響に負けないだけの魅力があります。トロンボーンのジョゼフ・アレッシについてはもはや言うまでもありません。”金管はシカゴ響だ”と言わせないだけの、アメリカオケの意地が垣間見えます。


■ラトル/BPO

ラトルのマーラーについては、その全てを未だに理解することができておりません。特にバーミンガム市響とのマーラー全集は理解できない演奏が多いです。しかしオケがベルリンフィルともなれば 流石に分かりやすくなります。

ベルリンフィルとのマーラー5番と言えばカラヤンとアバドのものがあります。良くも悪くもカラヤン節が響くカラヤン盤は好きになれず、アバド盤もシカゴ響盤を聴いた後からすると魅力が薄いと言わざるを得ません。一方でラトル盤はラトルらしさが全面に出たマーラーだと思います。4楽章がやけにアッサリと進むことだけが未だに納得できませんが、1楽章と5楽章は往年のテンシュテット盤に近い趣があると思います。良くも悪くも全くベルリンフィルらしくない人間的なマーラーです。オーケストラの迫力に邪魔をされてマーラーを楽しめない人がいるなら、ラトル盤を試してみるのもアリだと思います。

上乃木 燕二
クラシック音楽のブログを運営しています。後期ロマン派〜新ウィーン楽派がメイン。交響曲ネタが多目。オペラ・室内楽を扱うべく奮闘中。元トロンボーン奏者。チェロやりたい。マーラーとテンシュテットが心の師匠。