マーラーの交響曲第9番の個人的名盤

私は他のマーラー・ファンが言うほど、世間の言うほどにマーラーの交響曲9番に対して強い拘りを持っていません。結論は簡単でバーンスタインで満足しているのです。マーラーの交響曲で一番好きな曲は何かと問われたら、私は迷わず1番であると答えます。1番が断トツで好きです。次いで5,2,8,9,3,6,7,4番、最後に大地の歌と来ます。最高傑作と誉れが高いマーラーの9番に対してそこまで深く共感できないのは、ひとえに私が若造であるという点に尽きるのだと思います。

また正直に言ってしまえば、”これは明らかにダメなマラ9だ”と思ってしまうような録音もほぼ無いのです(あるにはありますが)。今回選んだ8枚はどれも素晴らしいマラ9だと思います。私の好みはやはりバーンスタインですが、バーンスタイン以外のマラ9も合わせて個人的な名盤をご紹介したいと思います。


■バルビローリ/BPO

私の中でのバルビローリという指揮者は非常に渋い印象です。渋さの中にキラリと光る人間性がバルビローリという指揮者と音楽の魅力だと思います。デュ・プレ/ロンドン響及びBBC響とのエルガーのチェロコン、ウィーンフィルとのブラームス2番、チェコフィルとのフランクの交響曲等を聴いてみると、何となくそんなイメージを持つのです。地味ながら没個性的とは決して言えない、バルビローリの音楽は確かに存在すると思います。クラシックファンの中でも中級者以上向けの音楽だとも思います。

バーンスタインのマラ9を聴いてしまったら最後、他のマラ9が押しなべて味気なく聴こえてしまっても仕方がないと思います。このバルビローリ盤に対する印象は適度な歌い回し・情緒感・豪勢感といったものです。かと言ってカラヤンのような音色と耳心地の良さを追求したかのようなマラ9と違い、バルビローリのマラ9には人間的な情熱が漲っているように感じるのです。

ベルリンフィルにしては随分大人しいマーラーですが、エグさの抜けたバーンスタインと言うのが一番分かりやすい表現なように思います。バルビローリなりの解釈で歌いに歌いますが、バーンスタインの演奏にて顕になる狂気さや支離滅裂さというのは、それほど感じさせないのです。至って聴きやすいマラ9だと思います。私も歳を重ねれば、このバルビローリ盤がもしかするとNo.1になるかもしれないと思わせる、大人の気品があるマーラーだと思います。マーラーらしくないように聴こえない事も無いですが、9番はこれぐらいでも良いと思います。


■バーンスタイン/BPO

バーンスタイン最初で最後のBPOとの共演であるマラ9ライブです。Amazonのレビューによると、この1枚は2日間でバラバラに演奏された録音を編集して継ぎ合わせたものなんだそうな。当たり前過ぎてどうでも良いけど。演奏の完成度やオケのマーラーに対する没入度は流石にコンセルトヘボウ盤に譲るとしても、この1枚はこの1枚らしい、バーンスタインによる血気盛んなマーラーを聴くことができるのは間違いないように思うのです。燃焼度でこちらの盤を採る酔狂なファンがいても良いと思います。私はどちらもバーンスタインのマーラーらしくて好きです。

冷静に聴けば、肝心のオケがついて行けてないのが明白なのですけど… バルビローリ盤やカラヤン盤と合わせて聴くと楽しいでしょう。こんな駄文なんて直ぐに忘れて、是非とも自分の耳で真実を確かめてみて欲しいものです。BPOに見切りをつけてコンセルトヘボウでマラ9を振り直すバーンスタインの気持ちが、これを聴けば良くわかると思います。

ただしこの1枚に対して”一期一会”の美学を見ようとするのは、極めて後付的な感情バイアスが掛かった意図的なレビューであると言わざるを得ません。まるでデュ・プレのチェロを彼女の悲劇を知ってから初めて感動したと言うような、極めて胡散臭い物言いだからです。そんな謳い文句に騙されやすく、自分の耳に自信や誇りが持てない人が安易に推している盤だと思うと、かえって聴きたくなくなるのが私という天邪鬼です。レビューなんて読む前にこれを聴いていて良かったです。音楽に対して状況だけで感動できる人の才能が羨ましくなります(※皮肉ですよもちろん)。

当のバーンスタインがこれがまさか、BPOとの最後の共演になると思って振っているようにはどうしても思えません。終わってからこの録音を聴き直して、あまりにも演奏が酷いのでBPOとはやりたくなくなった、というのならまだ分かるものです。”一期一会”は現代に生きる我々から見た時のただの事実です。音楽を褒める形容詞にはなりません。


■カラヤン/BPO(DGライブ盤)

このカラヤンのライブ盤は、確かに大層美しいマラ9であることに違いありませんが、私からすればちっともマーラーらしくないように聴こえてならないのです。カラヤンの音楽はあくまでカラヤンの音楽であり、マーラーの音楽にしては非人間的で美しすぎるのように感じるのです。私がバーンスタイン派だからなのでしょう。これならまだバルビローリ盤の方が分かります。

更にカラヤンの追求する音楽上の美学の頂点は、最晩年におけるVPOとのブルックナー7番2楽章アダージョにあるのであって、このBPOとのマーラー9番4楽章アダージョはその通過点に過ぎないように思うのです。所詮はバーンスタインの真似事から始まったカラヤン流のお遊戯なのです。

カラヤン/BPOのライブにおける盛り上がりで言えば、最晩年88年のブラームスの1番、シェーンベルクの”浄夜”(両方ともロンドン公演盤)の方が、カラヤンもBPOもノリノリで全力全開の演奏を繰り広げているように思います。カラヤンのマラ9も十分に凄い演奏だとは思いますが、カラヤンの曲に対する没入度は、それらカラヤンの十八番に比べてしまうとやはり低いと言わざるを得ないと思います。私の中でブラームスはカラヤン、マーラーはバーンスタインという住み分けがキチンとできているのです。バーンスタインのマラ9もカラヤンもマラ9も好きだという聴衆は、博愛主義的で良心的な”イイ人”なのでしょうが、実に魅力の薄い人だと思います。好みは分かれて然るべきだと思います。


■バーンスタイン/コンセルトヘボウ

VPOとのブルックナー9番と並んで、コンセルトヘボウとのマーラー9番は、バーンスタインが残した録音の中で最高の出来の1つと言っても過言では無いと思います。BPO盤と比べたら演奏の完成度の高さは段違いですし、どこまでも生真面目になりがちなコンセルトヘボウの演奏を、マーラーの自己陶酔的な音楽・バーンスタインの音楽へと誘ったバーンスタインの才能を嫌でも感じざるを得ないのです。これは後のハイティンクにもシャイーにも不可能だったことです。

恐らくバーンスタインのマラ9が嫌いでカラヤンのマラ9が好きな人は、如何にもマーラーの音楽だと言うかのような主観的過ぎて取り留めのない演奏は好かん人なのでしょう。そういう方にはシャイー/コンセルトヘボウのマーラーが良いと思います。ショルティ/シカゴ響は金管と脅迫的な音色がキツイいかもしれないです。シャイーのマーラーにはベルリンフィルのような豪勢感はありませんが、キラキラした分かりやすいマーラーだと思うからです。


■テンシュテット/LPO

テンシュテットのマーラーにしては実に中途半端なマーラーだと思います。テンシュテットのマーラーが大好きだからこその厳し目の評価です。79年という早めの時期のロンドンフィルによるセッション録音ならしょうがない気もします。77年にEMIへ残したマラ1も同様に中途半端だからです。テンシュテットのマラ9の手持ちが他に無いのでなんとも言えませんが、特に3楽章はもっとドロドロしていて良いと思います。4楽章ももっとエゲツない演奏になって然るべきです。海賊盤で80年代のライブ盤があるようなので、いつかは聴いてみたいものです。正規盤のテンシュテットのマラ9がこれだけだというのは何とも寂しくなります。

テンシュテットによるマラ9だと思わなければ、実にオーソドックスなマラ9だと思います。1楽章の迫力は中々のものがあります。一方でカラヤンほど流麗でも無ければ、バーンスタインほどアクの強いマラ9でもありません。迫力のあるバルビローリのような感じです。そう感じるのは単に同じEMIによる録音だからのような気もします。ただし演奏の完成度と情緒感から、私はこれを聴くならバルビローリ盤を聴きます。いくらテンシュテットの音楽が好きとは言え、贔屓できるものにも限界があります。


■ベルティーニ/ケルン放送響

バルビローリ盤並に安定した気持ちで聴けるのがこのベルティーニ盤です。EMIと言えど東京公演のライブのためか、いつものEMIらしからぬ録音状態の良さに一番ビックリすると思います。これを聴くとバルビローリ盤でさえ味気なく聴こえるかもしれません。こちらの方が録音状態が良いので潤沢な音色に浸ることができ、マーラーの音楽を聴いている気分にさせてくれるからです。ベルティーニのマラ9もまた適度に情緒的なのです。思い出補正が無ければ、バルビローリ盤よりこちらを採るかもしれないです。


■ハイティンク/ECユース管

従来のハイティンクらしいマラ9なら、やはりコンセルトヘボウとのセッション録音を採るべきでしょうが、ハイティンクが面白いのはECユース管(現:EUユース管)というユース・オーケストラでマラ9を指揮していることです。折角なのでこちらを採り上げてみました。

若手によるマラ9というのも中々どうして、これまた良いものだと思います。ハイティンクらしい明瞭でキビキビした解釈は健在でありつつ、若手らしい情熱も垣間見える面白いマラ9だと思います。若さ故の情熱に走りすぎないのは、流石ハイティンクの指揮といった印象を受けます。それでも1楽章の迫力は中々凄いと思います。欲を言えば3楽章にはもっと遊び心が欲しかったようにも思います。バーンスタインのマーラーばかり聴いていると、こういう新鮮なマラ9が聴きたくなるのも事実なのです。気分転換にはピッタリだと思います。


■マズア/ニューヨークフィル

ニューヨークフィルのマーラーと言うとどうしてもバーンスタインのイメージが出てきますが、バーンスタイン以降のニューヨークフィルはそれとは正反対である清々しいマーラーを聴かせてくれるようになるのです。マーラーの5番について書いた時のメータ/ニューヨークフィル盤のように、このマズア盤も清々しいマラ9だと思います。中途半端と言ってしまえばそれまでなのですが、ハイティンク以上に分かりやすい、ここで挙げているマラ9では最も分かりやすく聴きやすいマラ9だと思います。

バーンスタインもテンシュテットもカラヤンも皆、良くも悪くも彼らなりの音楽を強く持っています。アクが抜けたようなマラ9を聴きたければ、ハイティンクやシャイー、このマズアによるマーラーを聴くしか無いと思います。以外にも貴重なマーラーであるとも思います。

上乃木 燕二
クラシック音楽のブログを運営しています。後期ロマン派〜新ウィーン楽派がメイン。交響曲ネタが多目。オペラ・室内楽を扱うべく奮闘中。元トロンボーン奏者。チェロやりたい。マーラーとテンシュテットが心の師匠。