Klaus Tennstedt interviewed by John Amis ~ ジョン・アミスによるクラウス・テンシュテットへのインタビュー

テンシュテット/ロンドンフィルのアルバム:マーラーの交響曲第1番他(1990年ライブ盤/BBC Legends)には、BBCのニュースキャスター、ジョン・アミスによるテンシュテットへのインタビューが収録されています。元々はBBCのラジオで放送された音源でしょうね。

ここらで文字にでも起こしてみるか、と何となく思い立ったので書いておこうと思います。元は全て英語です。

本インタビューの主なトピックは、

  • ロンドンフィルとの関係性
  • マーラーを指揮する事、交響曲第6番(“悲劇的”)の解釈

についてです。割合にすれば半分以上がマーラーについてです。

このインタビューに出てくるテンシュテットは咽頭がんの術後で、声が非常にガラガラであり、聴き直す度に悲しい気持ちになりました。尚も賢明にマーラーについて語るものなのだから、じっくり聴かない訳には参らなくなります。

テンシュテットの英語は特にバリバリでガラガラの口語であるため、私の聴き取りも翻訳も完璧ではなく、アヤシイ部分が残っています。予めご了承下さい。なので最初に英文を載っけておきます。

尚、私は英語の通訳業者でも英文翻訳家でも無いため、ここに記している英文と日本語訳の正確性について一切の責任を持てません。無用なトラブルも避けたいため、無断転載もお断りさせて頂きます。それでも宜しければ、ご一読下さい。

以下、英文、日本語訳、日本語訳の注釈の順に載せておきます。特にアヤシイと自己分析する箇所には黄色のハイライトを付けておきます。分からんものは分からん!
“ここはちゃうねん!こうやろ!!”というのがもしあれば、お知らせ下さい。Help me, please!


■Klaus Tennstedt interviewed by John Amis

(A: John Amis, T: Klaus Tennstedt)

A:
Klaus Tennstedt, began his carrer in east germany, as the violinist. And he turned conducting opera, moved west germany to conduct in Kiel. His fame spread quickly, and spread at Boston, and his operated debut at the Metropolitan New York, with “Fidelio”, established in the America.

But in the 1980’s, he became music director of the London Philharmonic. With which orchestra he made a lasting and one has to say a laughing SS-ation. His symphonic cycles of Beethoven and Mahler, a perpetuated memorably on disk with they appeared.

However, the conductor developed cancer of the throat. But after 4 years of terribleness, he seemed true recovered. Though actual here, his voice won’t never be the same again.

I ask Klaus how he saw his music making.

T:
I’m amm, romantic, conductor. And then I’m very happy that say able be all. It’s the romantic orchestran’ts, umm, so we have fan fantastic relationship.

A:
Last night I met another players. And he said “We play are ‘Hearts Arts’.”, what, what Klaus?

T:
Yes, that’s right. And I thinks, it’s, that’s, EACH, ESSENTIAL, in this orchestra. I can say they play for me, and not for me of the what Beethoven hahaha what… But this is so, fantastic. And I’m very happy when I’m in ear. And, they play so… so unbelievable… so that… with their hearts… in this… and sometimes I’ved, tears in eyes, hahaha… ja.

~ ♪: Playing music from 5th movement, Beethoven’s 6th “Pastoral” Symphony ~

A:
I ask Klaus about conducting Mahler. After all, Beethoven’s Symphony is that tightly structured emotionally and formally, whereas Mahler’s as he said himself contained “Whole the World”. What do you agree?

T:
Oh, ja. And this is not easy to conduct Mahler. Because you must know his WHOLE… Tail of Life. And you must have, a lot of, experience, I want all young people, all young conductor, to conduct “too early” Mahler, that’s not possible. You have to be a “Little Mahler”!, haha! Ja, and now in my age, I think. Ja, I… love and know, Mahler.

A:
Your terrible illnesses, amm, show me at the head some affect on feeling for Mahler in particular?

T:
Yes, sure. This is, ja, it was hot time. But I helped by love, sure that’s, all this, amm… it’s the way to Mahler. You know you, maybe you need this sounds little verbose, but that, you have to have much experience, maybe, bad experience. And then you can come near, near Mahler. The other composers, it is not necessary, you know? But Mahler, he composed his “All Life”. When you conduct 6th Mahler, this, this… “Terrific Beautiful Dark”. Then, you could see it, amm, what Mahler, in Vienna, it was bad time for him. When he saw, you should, the people it was the (A: The persecution of Jewish?) doctor first boycott in Vienna. And then, he composed 1st movement of the 6th Mahler, with see “JAN! JAN! JAN! JAN!”, so the German “DON! DON! DON!” SS step! Sure, he didn’t know about SS!, haha, but a, he has the… FEELING! for the Terrible Future! Oh this, you have to know, when you, molto conduct, this this, GENIUS! Most for me, one of the greatest composer.

〜 ♪:Playing music from 1st movement, Mahler’s 6th Symphony 〜

A:
Good-bye from London!


■ジョン・アミスによるクラウス・テンシュテットへのインタビュー

(A: ジョン・アミスT:クラウス・テンシュテット)

A:
クラウス・テンシュテットはヴァイオリン奏者として、東ドイツで音楽家のキャリアを開始しました。それから彼はオペラ指揮者に転向(※1)し、キール(※2)で指揮を振るべく西ドイツに移住しました。彼の名声はアメリカのボストンにまで瞬く間に広がり、彼は”フィデリオ”(※3)を振ってニューヨークのメトロポリタン歌劇場でのデビューを果たし、アメリカにおいてその存在を確立させました。

1980年代、彼はロンドン・フィルハーモニーの音楽監督になりました。彼はオーケストラといつまでも消えない、ひょっとすれば”オカシイ”と言わねばならない程の熱狂を残しました。彼のベートーヴェンとマーラーの交響曲チクルスは、それらが開催される度に、恒久的に記憶に残るようにディスク上に保存にされました。

しかしながら彼は咽頭がんを患ってしまいました。過酷な4年間が経った後、彼は完全に回復したように思いました。けれども実際、彼の声は以前と同じようには二度と戻らなかったのです。

私はクラウスに、彼が自身の音楽製作についてどのように考えていたのかを尋ねます。

T:
私はロマンティックな指揮者です。何事も順調でとても幸せです。ロンドン・フィルハーモニーと奏者達もロマンティック(※4)であり、我々は素晴らしい友好関係を築いています。

A:
昨晩、私はロンドンフィルの奏者に会ってきました。その彼は「我々が表現しているのは”ハート(心・感情・熱意)の芸術”なのです」と言っていたのですが、本当ですか?

T:
その通りです。ハートで演奏することは、このロンドン・フィルハーモニーにおいて、一人一人に不可欠であると思っています。奏者達は私のために演奏し、そして私のためでなくベートーヴェンのために演奏している、なんて言えるでしょうねアッハッハ。でも演奏は非常に素晴らしい。音楽に集中している時はとても幸せです。彼らは本当に、本当に信じられないような演奏をするし、演奏の中にはハートが籠もっていて、時々、目に涙が出てくるのですよ。照れくさいですけどね。

〜 ♪: ベートーヴェンの6番”田園”5楽章が流れる 〜

A:
私はクラウスに、マーラーを指揮することについて尋ねます。ベートーヴェンの交響曲はしっかりとした楽曲構造があって、感情的でもあり形式張った曲です。一方でマーラーの交響曲は彼自身が言及したように、世界全体を包括しているのです。この事にどう思いますか?

T:
えぇ、そうですね。マーラーを指揮することは簡単ではありません。なぜなら彼の”人生の全て”を知らなければならないからです。それにはたくさんの経験を積まなければなりません。若い人々や指揮者がマーラーを指揮するのは早すぎます。無理ですよ。”リトル・マーラー”になる必要がありますね、フフフ。今この歳になってみて思うことです。もちろん私は、マーラーを愛し、良く知っているのです。

A:
咽頭がんを患ったことは、とりわけマーラーに対する感性に影響を与えましたか?

T:
えぇ、もちろんです。辛い闘病生活でした。様々なものに助けられましたが、私にとっては、それらの経験全てがマーラーへの道筋です。時には少々くどい事が必要であり、また時には酷い経験ですら、たくさん経験しなければなりません。そうすればマーラーにより近く、より近くなれるのです。他の作曲家の曲を指揮するのであればこんな事は必要ありません。しかしマーラーは彼の生涯の全てを曲に表現しました。マーラーの交響曲第6番を指揮する人間は、この曲の凄まじくも美しい”闇”に接します。その際、マーラーにとってのウィーン(※5)は彼にとって何と酷い時代であったのかが分かるのです。マーラーはウィーンにおいてユダヤ人の迫害を経験したのです。その後彼は交響曲第6番の第1楽章を作曲しますが、そこでの“ジャン!ジャン!ジャン!ジャン!(※6)”は、まさに“ドン!ドン!ドン!”と打ち鳴らすドイツのSS(※7)の歩調なのです。もちろん彼はSSなんて知る訳が無いのだけれど、彼は残酷な未来(※8)を見通す感性を持っていたのです!マーラーの曲を指揮する時、このマーラーの”才能”を知らなければならないのです。私にとって、マーラーは最も偉大な作曲家です。

〜 ♪: マーラーの6番1楽章が流れる 〜

A:
クラウス・テンシュテットへのインタビューと音楽は、本日ジョン・アミスがロンドンよりお届けしました。さようなら!


■日本語訳中の注釈

(※1)テンシュテットはキャリアの最初から指揮者の道を進んでいた訳ではありません。彼の若かりし頃は、後にアメリカへと亡命した指揮者クルト・マズアと共に、東ドイツ・ライプツィヒにおいてコンサートマスター(ヴァイオリン奏者、オケの奏者の中で一番エラい人)として活躍していたのです。ところがそんな彼に絶望が襲います。指を痛めてしまうのです。ヴァイオリン奏者としては奏者生命を絶たれたも同然です。それから彼は仕方なく歌劇場のヴォイス・トレーナーとして、指導者の立場へとキャリアを切り替えていくのです。その辺の事情は、彼の狂信者が執筆したと思われるアンサイクロペディアに詳しいです。

(※2)ドイツ最北端、シュレスヴィヒ=ホルシュタインの州都キールの事。バルト海沿岸の湾港都市で、ドイツ語では船や竜骨の事を同じ”Kiel”で表し、ドイツ語には”kiel”で始まる船用語が複数あります。英語の”keel, keelbout, keelhaul”もここから来ています。謂わば船の代名詞を名に持つ土地です。キールの海、建築、景色、とりわけキール運河を行き交う船には風情があって非常に良い所ですが、一方でやはりクソ寒いド田舎です。一時はキール歌劇場と同管弦楽団の音楽監督だったテンシュテットが、最期に没した地がこのキールです。テンシュテット/キールフィルのベト5と”エグモント”序曲は、ファンにとってもはや常識でしょう。

(※3)ベートーヴェンのオペラ”フィデリオ”の事。この”フィデリオ”が、テンシュテットにとって最初で最後のアメリカにおけるオペラ公演となってしまいました。マーラーが指揮者として得意とした”フィデリオ”を彼も得意とした事は何か運命的な物を感じます。彼のベートーヴェンには、退屈さや堅苦しさといったものが微塵もありません。キールフィルとの”エグモント”序曲を聴けば、彼の実演を聴いた聴衆が熱狂する訳も理解できると思います。ぶっ飛びます、色々と。弦楽の連中をここまでマジにさせる指揮者は、今はもう居ないと言って良いでしょう。

(※4)テンシュテットはしばしば、自身が指揮を振り監督を努めていたロンドンフィルの事を“ロマンティックなオーケストラだ”と形容し賞賛していました。ロマンティックな彼の姿勢と解釈に対し、ロマンティックな演奏で懸命に応えたのがロンドンフィルの人達でした。録音を聴けば分かりますし、在り来りなウィーンフィルの録音と比べれば嫌でも分かります。キール歌劇場にもNDRSO(ハンブルク)にもニューヨークにもボストンにも、果てはベルリンフィルやウィーンフィルにさえ安住の地を持たず、マーラーの生き写しのような一匹狼で根無し草の流浪音楽家だった彼にとってロンドンフィルは唯一無二の存在だったのです。他の英国BBC、Gramophoneにおける彼についての批評やニュース、ラジオを摘み食いすると良く分かると思います。

(※5)19世紀末当時のウィーン市長カール・ルエーガーは、後にヒトラーが師と仰いだ反ユダヤ主義者でした。マーラーはボヘミア生まれのユダヤ人。これら最低限の事だけでも何となく察せるでしょう。あとはただ二言、「マーラー、19世紀末のウィーン、反ユダヤ主義やユダヤ人差別について勉強して下さい」、「ユダヤ排斥やユダヤ人迫害は、何もヒトラーが1人で始めたことではない」としか言えません。巷には“マーラーと世紀末ウィーン”というピッタリの本があります。内容はやや薄く広い話題を扱っていますが良い本です。新書サイズなので当たり前です。クリムトの美術も学べて一石二鳥です。マーラーとウィーンを本気で解説しようとすれば、文字通り1冊の本になってしまうのです。

(※6)マーラーの6番1楽章冒頭部の事。”ジャン!”は声、”ドン!”は何かを叩きつける音。テンシュテットの声と表現がそれはもう正に的確なのです。彼がマーラーとマーラーの6番について語っていく内に、段々と声の濁りと凄みが増していきます。最後の方でしゃべった”genius”なんてもうヤバい。禁忌の黒魔術にまで手を染めた狂信者のようです。あな恐ろしや。

(※7)Schutzstaffel。ヒトラーのナチス親衛隊の事。ゲシュタポの大本。ナチの中でも一際ヤバい連中。もちろん、ナチスが結成されるのはマーラーの没後です。

(※8)ナチスの台頭とホロコースト(ユダヤ人大虐殺)の事。テンシュテットによれば、マーラーは世紀末のウィーンにてユダヤ人の迫害を経験した結果、こういった正に来るべき未来を予知し、6番1楽章冒頭でそれを音楽にしたのだ、と言うのです。ちなみにテンシュテットはナチではなかったとされています。マーラーとユダヤの味方だったのです。彼は若き日のナチス政権時代、バロック・オーケストラに身を置いて兵役から逃れていました。彼は後の1978年、当時のイスラエルフィルで指揮を振った最初のドイツ人でもあるのです。ユダヤの国・イスラエルは今にも増して、ナチス政権への関わりが疑われたドイツ人指揮者へのボイコットが強かったにも関わらずです。何処かの半端者指揮者とは違うのです。


■聴いた後の一言感想

テンシュテットによる咽頭がん発症後のマラ6と言えば、もちろんロンドンフィルとの91年ライブ盤(EMI 現:ワーナー)でしょう。大抵のマラ6と比べても、彼による1楽章冒頭部の演奏がズバ抜けて暴力的で、ドギツイ響きがする所以が分かった気がします。

彼からすれば、マラ6冒頭部の響きはナチ軍人がやって来る軍靴の足音なのです。ネットで調べてみるとどうやら、あのバーンスタインも同じ解釈だったそうな。そりゃこんな演奏にもなりますよ、マーラー怪物指揮者のマラ6は。ただでさえ恐ろしいマラ6が尚更恐ろしくなります。

こんな果てしなく凄まじい音楽を聴いた後は、やはり耳の保養をしたくなります。こんな時には、ロンドンフィルとのベト6″田園”(86年/EMI)を聴いてみるとしっくり来ます。同じ交響曲第6番とは言え、作曲者が違えば趣も全然違ってくるのが交響曲の面白さだとやはり思います。

インタビューを聴いて最後に思った感想は、アミス氏がこのインタビューの中で、彼のベートーヴェンの録音から”田園”を持ってくるのは何ともセンスがあるなぁ、と感じた事です。やっぱりな、と思う訳があるのです。


■テンシュテットのベートーヴェン6番”田園”とマーラー1番

ここからはオマケです。インタビューとは無関係になります。お疲れ様でした。

テンシュテットの”田園”は、彼のマーラーに比べたら随分と落ち着いています。叫ぶようなフォルテッシモも狂気もありません。落ち着いてはいるけれど、聴いていて思わず嬉しくなってくるような幸福感と熱意が込み上げて来ます。この彼の音楽には優しさがあります。冷静でありつつもどこか人間臭い、そんな”田園”の録音だと思います。ベーム/VPO盤やカラヤン/BPO盤ほどお上品になり過ぎないのがまた良いのです。

一方でこの”田園”を聴いた時に、彼がマーラーの1番を最期まで振り続けていた事にふと納得が行ったのです。マラ1も”田園”と同様に、カッコウの鳴き声が響き渡り、自然と人間の感情とが綯い交ぜになったような交響曲だからです。こういった曲を振らせて、彼の右に出る指揮者はそう居ないでしょう。

マラ1と”田園”を得意とした指揮者と言えば、過去に大巨匠ワルターがいました。彼の音楽がワルターの音楽と決定的に違う訳は、自身の挫折や疾病を経験した結果に生まれた、”マーラーそのもの”に対する深い理解と共感があったからだ、と思わずにはいられません。

両指揮者の両曲の録音はどれも凄いのですが、私はワルターには”田園”の王座を譲るとしても、マラ1の方はテンシュテットに譲りたくなってしまいます。たとえワルターがマーラーの愛弟子であったとしても。ワルターの音楽にはマーラーの交響曲よりも”田園”の他、ブラームスの大学祝典序曲といった華々しくどこまでも楽観的な楽曲の方が非常に良く似合うように感じてしまうのです。

マラ1と”田園”の両方に似合うような指揮者は、あとはバーンスタインぐらいだと思います。テンシュテットの音楽に負けず劣らずの情熱があるからです。ただしバーンスタインの”田園”は西洋の田園風景と言うよりはむしろ、ただひたすらに暑苦しい、アメリカの広大な穀物地帯のようなのですが… 私の感性において共存し得るのは、やはりテンシュテットの音楽なのです。

テンシュテットの音楽ではマーラーの録音が傑出して有名であるため、彼の”田園”は彼にしては面白味がない、在り来りな録音なのではないか、なんて言われていると反対したくなります。彼からしてみれば、我々が言うところの爆演とは謂わば情熱の結露であり、ダイナミクスレンジに差はあるにせよ、マーラー以外の録音にも彼らしい情熱が十分にあるように感じられてなりません。言い換えれば、彼の爆演やマーラーばかりを聴くのは、何とも勿体無い楽しみ方だと思うのです。


■テンシュテットの音楽が訴えている事

テンシュテットの音楽は聴き手に対して、音楽とは”人間の人間による人間のための音楽”であることを訴えてきます。彼はロマンティシズムの権化なのです。何もフルトヴェングラーの音楽のような伝統的ドイツ民族性だけがロマンティックな訳では決してありません。そして音楽家や楽器奏者に対して、楽曲を表現する上で最も重要なのは経験と理解、そして何よりも“ハート(情熱と共感)”であると訴えてきます。演奏技術や技巧はその次だ、と言わんばかりなのです。

彼の音楽は口以上に物を言い、音楽や楽器の先生が理屈で言い聞かせてくるよりもずっと強い説得力があります。彼の音楽がカラヤンの音楽とは決定的に違うように感じる訳は、彼にはこういった観念があったからだと思いたくなります。一度でもテンシュテットの音楽を聴いて共感した人であれば、こういった事に反対する人はそう多くはないでしょう。

彼は奇を衒っている訳でもウケを狙っている訳でも無いのです。彼はマーラーと同じく、ただ一生懸命、音楽の世界の中で生きようと必死にもがいているだけなのです。彼の泥臭い・人間臭い音楽は偏に聴き手を選ぶのも事実ですが、一方で”Klaus Tennstedt Enthusiasts”(MEMORIES盤にある文言)のような熱狂的なファンがいることも事実です。彼の音楽もまた、将来に渡って色褪せることは決して無いでしょう。

上乃木 燕二
クラシック音楽のブログを運営しています。後期ロマン派〜新ウィーン楽派がメイン。交響曲ネタが多目。オペラ・室内楽を扱うべく奮闘中。元トロンボーン奏者。チェロやりたい。マーラーとテンシュテットが心の師匠。