アメリカン・オーケストラへの招待

“America First!”と叫ばれる昨今のトランプ大統領政権下、クラシック音楽でもそんな古き良きアメリカ至上主義的世界観を楽しんでみようではないか、というのがこの記事の趣旨です。クラシックレコードにもご多分に漏れず、20世紀後半におけるアメリカ全盛期の情勢が実に良く反映されていると思われるのです。

クラシック音楽と言えば、”幼少期からピアノやヴァイオリンを弾いてきた人間にしか楽しめないのだ!”という、一昔前の教養主義的な価値観が今も尚根強いのかもしれません。そんな上流でお上品な楽しみ方ができるのも間違いないのですが、それだけでは決して無い気がするのもまた事実です。

日本にはブラス(Brass)の文化が根強くあります。管楽奏者にとっては、ウィーンやベルリンにおけるお上品の極みのような伝統的クラシック音楽よりも、ニューヨークやシカゴにおけるアメリカナイズされた近代的クラシック音楽の方が、クラシックの世界にずっと入り込み易いと思います。ブラスが比較的活躍する録音が多いからでしょう。オーケストラの管楽奏者でニューヨークフィルもシカゴ響も知らない人間は皆無なはずです。

アメリカのオーケストラはとにかく馬力が違います。文字通り桁違いなのです。冷戦時代が一番顕著だと思います。ソ連と競っていたのは何も宇宙開発のような科学の分野だけで無く、文化の分野であるクラシック・レコードにもその影響が垣間見えるのです。この時代のアメリカン・オーケストラとは、Ameriacn Dreamと”We are the Champion”の世界であり、車で言えばCadillacやMustang、バイクで言えばHarley-Davidsonといった桁違いの排気量を誇る巨大エンジンを豪快にブチ鳴らす世界なのです。Mercedes BenzやBMWの世界とはまた一味も二味も違うのです。当時の録音を実際に聴いてみれば良くわかります。

そんな訳で、所有するレコードから一際アメリカンでシンフォニックな録音を中心に掻き集めてみました。指揮者毎にまとめながらご紹介していきます。ほぼ全て後期ロマン派以降の音楽で占めているのは半ば必然です。アメリカンなオケの良さが一番引き立つ楽曲がその時代に多いからです。また、マーラーの録音が多い根拠の半分は私の趣味、半分は歴史的必然です。マーラーが反ユダヤ主義の魔の手から逃れた先がアメリカ・ニューヨークだったからです。

尚、言うまでもなくとにかく数が多いです。26枚もあります。これら全てを聴き通せなんてアホな事は決して言いません。つまみ食いでも大いに結構です。これをきっかけに1枚でも多くの盤が聴かれる事、1人でも多くの人間がクラシック音楽の世界に入り込む事を祈るばかりであります。


■バーンスタイン/ニューヨークフィルの交響曲録音集

クラシック初心者にとってはハードルが高いかもしれませんが、CDアルバムや楽曲ダウンロードでコツコツ集めるよりも、こういった大容量CDボックスを一発でドカンと買ってしまった方が結局安上がりになることが多いです。

バーンスタインもカラヤンに負けず劣らずの録音数があります。バーンスタイン/ニューヨークフィルの音楽を万遍なく楽しみたいのなら、この交響曲録音集を買ってしまうのが一番手っ取り早く経済的です。クラシック初心者にとっては、交響曲の録音でこれでも足りないということはまず無いはずです。

この交響曲集の中で私が聴き物だと思うのは、

  • マーラー交響曲集 (一部の録音は2008年にリマスタリングされており、ニューヨークフィルの録音しか収録されていない事に注意)
  • アメリカ人作曲家による交響曲集 (コープランドの3番はこれが決定版でしょう)
  • ショスタコーヴィチの交響曲第5番

といった録音です。個別のアルバムでも販売されていますが、中には廃盤になっている物も含まれているので、個別に揃えるのはやはり非常に面倒くさいと思います。NML等で既に配信されていれば杞憂でしょうが。

もちろん他にもベートーヴェン、ベルリオーズ、ブラームス、メンデルスゾーン、シューマン、シューベルト、ドヴォルザーク、チャイコフスキー、シベリウス、ニールセン、プロコフィエフ、ショスタコーヴィチに至るまでの交響曲を摘み食いできるお得ボックスです。バーンスタイン本人による自作交響曲の録音なんかも収録されていて、とりあえず聴く音楽に困らなくなると思います。リッピングと聴き通す方が大変です。


■マーラーの交響曲第3番:バーンスタイン/ニューヨークフィル

上記の交響曲録音集に収録されていない録音があるのもまた事実です。レーベルの縛りがあるためです。仕方ありません。バーンスタイン/ニューヨークフィルのコンビによる最高傑作を挙げるとしたら、私にとってはやはりこのマーラー3番です。次点で同アルバムに収録されている同コンビによる2番です。どこまでもエグく人間臭さの極みのようなマーラーを聴かせてくれるからです。

だだし初心者には絶対にお薦めできません。怖いもの見たさなら是非どうぞ。3番1楽章のアレッシによるトロンボーンソロは、オーケストラを志すトロンボーン奏者ならば必ず一度は通る道であり一度はブチ当たる断崖絶壁の如く聳える壁です。見て見ぬふりをするのか真っ向勝負をするのかは別問題ですけど。

この1時間47分の苦行に耐え、6楽章におけるレニーの境地まで辿り着けさえすれば、立派なレニーファンでマーラーファンになれると思います。一端そうなってしまえば、後はひたすらにレニー晩年の録音やマーラーの音源を集めるべく躍起になることでしょう。レニー最晩年のウィーンフィル盤に求める答えやゴールがあるはずです。この果てしなく長いレニーの音楽世界への登頂には是非チャレンジして頂きたいものです。今時は余程の暇人でも無い限りやらないとは思いますが。レニーの音楽は古今東西、そして将来に渡って普遍に輝き続けることでしょう。


■レスピーギの”ローマの松”:バーンスタイン/ニューヨークフィル

吹奏楽部という学校文化における肩身の狭い世界で満足している、全国の吹奏楽部員の皆様には是非聴いて頂きたい1枚です。このバーンスタインによるレスピーギを聴けば、コンクールの金賞演奏というのが如何に意味がなく味気がない音楽であるのか良く分かるはずです。耳と頭と心で理解ができるはずです。そうで無ければそれは感性まで洗脳されているのだと自覚した方が良いと思います。


■チャイコフスキーの1812年序曲:バーンスタイン/ニューヨークフィル

これはまさに20世紀後半におけるアメリカ賛歌と言うべき記念すべき録音です。鳴り響くチャイムと叫ぶ金管打楽器軍団。非常に痛快です。流石に大砲は使用されておりません。それでもバーンスタインらしい大らかなチャイコフスキーを楽しむことができるでしょう。“チャイコフスキーの音楽はソビエト・ロシアの占有物では無い!”、とでも言いたげな感じがします。


■チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲:ハイフェッツ(Vn.)/ライナー/シカゴ響

ここからしばらくは一端、シカゴ響の音楽に話題を移します。シカゴ響にはショルティよりも前にライナーという偉大な指揮者がいました。ライナーこそがシカゴ響のオーケストラレベルを飛躍的に向上させたと言われたりもしています。

ハイフェッツによるキツめのヴァイオリン独奏に似合うのは、ライナーが指揮する雄大で響きが豊かなシカゴ響による演奏だと思います。バックの弦楽にも凄い迫力があります。独奏に負けないだけの情緒感があります。今でも十分通用する古典的な名盤だと思います。


■ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番:ルービンシュタイン(Pf.)/ライナー/シカゴ響

シカゴ響の演奏がピアノ独奏を若干食い気味であり、録音の古さもあって聴き手を選びそうなのがこのルービンシュタイン盤です。力強いラフ2だと思います。とは言えこれはまだショルティ時代のシカゴ響ではないので、あくまで優しく豊かな響きが全曲通して伝わってきます。ラフ2であればこれぐらいの迫力があっても然るべきだと思います。独奏とオケとの精密なアンサンブルには流石はライナーだと思わせるものがあります。


■R.シュトラウスの”英雄の生涯”:ライナー/シカゴ響

ライナーのR.シュトラウスはショルティ盤ほど派手ではありませんが、極めてアンサンブルが整っており彩り鮮やかな音色に病みつきになります。この”英雄の生涯”における”英雄の決戦場”を聴けば分かるはずです。優しくありつつも豪快なシカゴ響本来の音楽を楽しむことができるでしょう。巨匠ライナーにとって非常に相応しい”英雄の生涯”だと思います。


■R.シュトラウスの”ツァラトゥストラはかく語りき”:ショルティ/シカゴ響

このショルティ盤における”英雄の生涯”はウィーンフィルの演奏なので、上のライナー盤とは単純比較ができません。なのでこちらからは”ツァラトゥストラはかく語りき”を採りたいと思います。

ショルティの良さは何と言っても、シカゴ響の響きを更に鋭利化させ、Decca(旧London)の録音技術も相まって極めて大きな音響効果を聴き手にもたらしてくれる事が第一にあると思います。それを手っ取り早く楽しむにはこの”ツァラトゥストラはかく語りき”を聴くに限ります。有名なイントロダクションだけを聴いても良いです。カラヤン盤のような重厚感こそありませんが、澄み切った金管のファンファーレにはこれ以上のものは無いと感じさせるものがあります。


■バルトークの”管弦楽のための協奏曲”:ショルティ/シカゴ響

バルトークのオケコンから1枚選ぶとすれば、私はこのショルティ盤を採ります。私はバルトークの音楽はそこまで好きではありません。技術レベルを誇示したいだけの音楽的情緒感の薄い楽器奏者が如何にも好みそうな音楽だからです。テクニカル志向な木管・弦楽奏者にはウケが良いと思います。それだけバルトークの音楽は奏者にとって挑戦しがいのある曲だと言うことです。

このオケコンの録音においても、ショルティ/シカゴ響コンビによる徹底した統率感のあるオーケストラが聴こえてきます。バルトークの音楽をやらせたら世界一だと思います。それを感じるための録音です。

シカゴ響のバストロはやっぱり凄いです。録音年代(1981)だけでみるとチャールズ・ヴァーノンではないようです。CSOの過去のメンバー表(PDF直リンク注意)からするとまだクラインハマー氏の時代でした。ヴァーノンやダグラス・ヨーの師匠です。るろうに剣心で言えば、剣心の師匠の比古清十郎の更に師匠、謂わばオーケストラ・バストロンボニストのレジェンドです。流石です。何が凄いかってアレが滅茶苦茶キレイにキマっているからです。カラヤン盤のベルリンフィルと比べても段違いです。

と言うのも、バストロンボーン奏者からすればオケコンなんて堪ったものではありません。4楽章に例の嫌らしいグリッサンドがあるからです。スコアを見る度に苦虫を噛み潰す気分になります。一昔前にはこの曲のグリッサンドを完璧にキメるためだけに、バルトーク・バルブなんてものが開発される事態になったりもしました。しがないバストロンボーン奏者にとっては憎き曲なのです。

ちなみに”ルーマニア民族舞曲”の方も凄まじいです。アンサンブル・コンクールの参考音源としてはこれ以上のものは無いでしょう。こんな演奏がもしも可能なのであれば間違いなく優勝すると思うからです。


■ブルックナーの交響曲集:ショルティ/シカゴ響

未だかつて、そして後にも先にも、ここまで金管が鳴り響くブルックナーが存在するのでしょうか。ショルティの録音からブルックナーの世界に入り込んだ金管奏者は多いと思います。私は金管奏者でありながらヨッフム盤から入った変わり者なのですけれど。

ショルティのブルックナーは一にも二にもとにかく金管です。金管賛歌とでも言うべきブルックナーです。金管が強いブルックナーで聴き飽きる訳がありません。それを引き立てる弦楽にも凄まじい迫力があります。普通のブルックナーに満足ができない初心者か金管フリークが聴くためのブルックナーです。私もやはり5番が一番好きです。


■マーラーの交響曲集:ショルティ/シカゴ響

上のブルックナーと同じく、ショルティによって割と淡々とした鋭いマーラーが奏でられています。ショルティ/シカゴ響による5番からマーラーの世界に入った人もこれまた多いと思います。8番もとりわけ凄まじいです。オケ・独唱・合唱のどれもが強靭だからです。ショルティ・シカゴ響・Decca(旧London)の3者の良さが極限まで高められた屈指のマーラー交響曲集だと思います。


■チャイコフスキーの交響曲第4番:ショルティ/シカゴ響

ロシア臭さの無いチャイコフスキーの録音で、最も迫力があって豪勢な4番はこのショルティ盤だと思います。あのカラヤンでさえここまでの豪勢感は出せていないように感じます。文字通りアメリカにおける最強のチャイコフスキーだと思います。


■フランクの交響曲ニ短調:モントゥー/シカゴ響

時代が前後してしまいますが、ライナーよりも前の時期には、モントゥーという個性的なフランス人指揮者がシカゴ響を振っていたのです。このフランクの交響曲の録音は、数あるフランクの録音の中でも最も迫力がある1枚だと思います。それでもフランス情緒を失わせないのがモントゥーの凄さです。彩り鮮やかな音色が聴こえて来るので、単に迫力だけが物を言っている演奏では決して無いと断言できるのです。録音状態には古臭さを感じますが、今でも十分聴けるフランクだと思います。


■ホルストの組曲”惑星”:レヴァイン/シカゴ響

レヴァインにはこういうヨーロッパ的情緒感や民族臭さの無い音楽をやらせれば、間違いなく上手く行きます。このレヴァイン盤は、カラヤン/BPO盤に並ぶ”惑星”の決定版であると言えるでしょう。

レヴァインの良さと言うよりも、レヴァインがシカゴ響の金管軍団を本来のポテンシャルとスペックで爆発させているというのが良いポイントです。やっぱり”火星”が一番の聴き物です。ストレス発散にはこれを聴くに限ります。


■ドヴォルザークの交響曲第9番”新世界より”:レヴァイン/シカゴ響

ドヴォルザークの交響曲の中でも、民族情緒が薄い9番であればアメリカナイズな演奏が実に良く似合います。レヴァインの”新世界”はまさにその代表格です。私はカラヤン/VPO最晩年盤の方が好きですが、こちらはこちらで若々しく溌剌とした演奏で良いと思います。

尚、このアルバムにはドヴォルザークの7番も収録されていますが、こちらは決して聴いてはいけません。”新世界”と同じように、ただひたすらに金管がウルサいドヴォ7だからです。レヴァインにとってドヴォルザークは7番も9番も同じなのでしょう。実に近年の指揮者らしいドライな解釈だと思います。だからこそ彼は今一つパッとしなかった指揮者だったのだと思わざるを得ません。


■ドヴォルザークのチェロ協奏曲:デュ・プレ(Vc.)/バレンボイム/シカゴ響

アメリカンという趣旨からは外れてしまう程とんでもなく規格違いなドヴォコンなのが、このデュ・プレ盤です。この1枚を私はどうしても省くことができませんでした。天下のシカゴ響でさえ只のバックミュージシャンにしてしまうのが、デュ・プレのチェロの凄さです。スーパー個人プレイの極致のようなドヴォコンです。

それを逆手に取ってバレンボイムの無能さと言っても良いと思いますが、それはあまりに酷だと思います。誰が指揮してもこうなると思います。デュ・プレのチェロがあまりにも圧倒的過ぎるのです。これを聴いたら普通のドヴォコンが聴けなくなりかねない、危険なドヴォコンです。


■サン=サーンスの交響曲第3番”オルガン付き”:バレンボイム/シカゴ響

バレンボイムによる”オルガン付き”には、フランス情緒もへったくれもありません。フランス情緒はスコアから出てくるメロディラインとオーケストレーションにだけ存在しています。感じ取る方が難しいと思います。

一番の聴き物はオルガンです。とにかくオルガンです。私が所持している”オルガン付き”の中では、これが最も豪快に鳴らし切る録音だからです。凄まじいです。地響きがするかのようです。オルガンが壊れてしまうのでは?と思わざるを得ません。とにかく凄まじいオルガンです。

このオルガンに音圧で勝負できるオーケストラは世界でたった一つ、やはりシカゴ響だけなのです。どうやらこのオルガンは合成らしいのですが、どう考えてもシカゴ響のブラスセクションとタイマンを貼れるレベルまで引き上げられている気がしてなりません。一度聴いてみると病みつきになります。

非常に中毒性が高い録音ですが、フランス情緒からはひたすらに遠ざかるばかりです。これがサン=サーンスの音楽であるとは決して思ってはいけません。特殊中の特殊なサン=サーンスなのです。これを聴いてしまったら直ぐに、デュトワ/モントリオール響の”オルガン付き”と”動物の謝肉祭”を聴くか、フルニエ(Vc.)/マルティノン/ラムルー管のチェロ協奏曲第1番でも聴いて感性をリセットすることをお薦めさせて頂きます。


■ベルリオーズの幻想交響曲:アバド/シカゴ響

これまたフランス情緒の薄いフランス物の録音ですが、シカゴ響の全盛期を楽しめる録音だと思うのがアバドによる幻想交響曲です。アメリカ物としてこの幻想を聴くと、サバトに集まる悪魔や魔女達が“USA! USA!”と叫んでいるように聴こえてなりません。アメリカ人にとっては西洋のホラーでさえ気軽なエンターテイメントになってしまうのです。アメリカでは道理でSF(Science Fiction)本や映画、迷信や伝説が盛り上がる訳です。悪魔や魔女なんて本気で信じちゃいないのです。

アバド盤はやっぱりオモシロ・オカシイ幻想だと思います。非常に楽観的な気分にさせてくれる幻想です。これを書いていて、アバド盤はアメリカ物として捉える方がむしろ自然であるような気がして来ました。西洋文化のギャグでありパロディであると解釈するのが最も自然であるような気がします。


■マーラーの交響曲第1番:テンシュテット/シカゴ響

テンシュテット一世一代の大名演とも言えるのが、このシカゴ響とのマラ1ライブ盤です。マラ1の録音で1時間を超える録音はそうありません。バーンスタイン以上にとてつもなく濃厚なマラ1です。この1枚を前にしてしまうと、もはや聴き比べなんてすることは無意味になってしまいます。別次元の演奏だからです。それまでのテンシュテット盤の中でも最も炸裂したオーケストラが聴こえてきます。

尚、この演奏はCDだけでなくDVDとしても世に出ています。是非とも映像付きであるDVD版(EMI)でも鑑賞して頂きたい演奏です。LPO自主制作盤から出ているマラ8ライブ盤の映像も付いてきます。この世で最も凄まじく感動的なマーラーの1番(と8番)だと思います。それはまるで、シカゴ響という名の蝋の翼を身に付けて天へと昇っていくイカロスのような、テンシュテット最期の生き様を見ている気分にさせるのです。この映像と音楽を鑑賞して何も感じないのであれば、自分の感性をよくよく疑った方が良いと思います。


■マーラーの交響曲集:テンシュテット/ニューヨークフィル・ボストン響・クリーブランド管他

シカゴ響の録音紹介がやっと終わりました。このMEMORIESから出ていたマーラー交響曲集には、テンシュテットのアメリカ時代における貴重なステレオ・ライブ録音が収録されています。テープ・ノイズがあまりに酷いので私はあまり聴かないのですが…

テンシュテットはNDRSO(北ドイツ放送響)ともベルリンフィルともウィーンフィルとも馬が合わず、独墺の地では聴衆からも理解されなかった存在、すなわち孤高の一匹狼だった訳ですが、そんな彼と彼の音楽を受け入れたのはアメリカとイギリスでした。ロンドンフィルとの演奏は同楽団とEMIに数多く残したため有名だと思われますが、アメリカ時代の録音は全然リリースされていないのです。何ででしょうね。アメリカ時代のブル8なんて残っていたら是非とも聴いてみたいものです。

本アルバムの収録曲とオーケストラは以下のとおりです。

調べてみたら意外とリリースされていましたが、肝心のニューヨークフィルとの6番が無い…この中での聴き物は3番と6番だと思います。今回はアメリカを趣旨としているので6番を採りたいと思います。録音状態が雑なので他の盤と比べるのは意味が無いのですが、バーンスタイン/ニューヨークフィル盤(67年)にも負けない迫力と熱気に満ちていると感じます。もっと録音状態の良い音源で聴いてみたいものです。


■マーラーの交響曲第1番:M.T.トーマス/サン・フランシスコ響

ここからは古き良きアメリカ的世界観とは少し違った、現代におけるアメリカン・オーケストラらしいやや知的な録音を採りあげたいと思います。ポスト・冷戦時代ともなれば出てくる音楽にも落ち着きが出てきます。MTTはバーンスタインやショルティに比べれば知名度は劣るでしょうが、現代のアメリカにおいては最高の指揮者であると個人的に思っています。

MTT/サン・フランシスコ響によるマーラー交響曲集も十分面白いマーラーだと思います。現代におけるマーラー録音でありながらも省エネになり過ぎておらず、MTTらしい解釈が光る斬新なマーラーだと思うからです。私にとっては、バーンスタイン/ニューヨークフィル、ショルティ/シカゴ響、MTT/サン・フランシスコ響のマーラーこそ、アメリカ3大マーラー交響曲集だと思っています。アメリカにおけるマーラー録音界隈のBig 3です。これに反対する人はそんなにいないと思います。ワルター/ニューヨークフィル・コロンビア響のマーラーはその括りには入り切らない別格で独立した存在であると捉えるべきです。マーラーの愛弟子を他と一緒にしてはいかんでしょ、と思うのです。

MTTによるこのマーラー1番は非常に聴きやすいマーラーらしいマーラーだと思います。バーンスタイン/ニューヨークフィル盤、ショルティ/シカゴ響盤にも劣らない完成度を誇っている思います。人間臭いバーンスタイン盤と半ば機械的なショルティ盤の中間ぐらい、あるいはややバーンスタイン寄りでバランス感覚の良いマラ1のように感じます。極めて整ったアンサンブルにはショルティらしさを感じるし、曲に対する人間臭い解釈にはバーンスタインらしさを感じるからです。こんな録音を残されたんじゃ、これからの時代のアメリカでマーラーを振る指揮者は超大変だと思います。思わず同情してしまいます。


■レスピーギの”ローマの祭り”:M.T.トーマス/ロサンゼルスフィル

MTTの”ローマの祭り”はアンサンブルの精密さにおいては理知的でありながら、曲の仕上がりとしてははっちゃけ気味のレスピーギだと思います。大分上の方で紹介したバーンスタイン/ニューヨークフィルの”ローマの松”も合わせて聴けるのでお得です。アメリカンなレスピーギも面白いのです。


■シェーンベルクの”浄められた夜”(弦楽合奏版):ブーレーズ/ニューヨークフィル

シェーンベルクだって!?はい無理〜意味不明〜理解不能〜さようなら〜ノシ”
ちょっと待って頂きたい。

シェーンベルクの音楽を否定するのは、この”浄められた夜(浄夜)”を聴いてからでも遅くありません。シェーンベルクの初期作品であるこの曲は現代音楽ではありません。無調性感はほとんどありませんし、十二音技法なんてものは全くありません。シェーンベルクによるロマン派音楽であることに間違いないのです。

この曲のスコアを見て頂くと一目瞭然なのですが、意外にもスコアに記譜されている時点で既に、テンポ変化が実に細かく設定されているのです。その辺には如何にも演奏者を信じようとしない近代・現代音楽作曲家らしさを感じるのですが、そこに記されている音楽はやはりロマン的です。分かりやすいのです。演奏するのは非常に難しそうですが。

カラヤン盤やバレンボイム/シカゴ響盤も良いですが、まずはこのブーレーズ盤を聴いてみると良さが分かりやすいと思います。スコアに忠実ながら、ニューヨークフィルの弦楽セクションによる熱く燃えるような情熱的な音楽を聴けるからです。一度はやってみたいなぁと思っています。この曲。


■ストラヴィンスキーの組曲”火の鳥”(1910年版):ブーレーズ/ニューヨークフィル

現代音楽の巨匠・ブーレーズが振ったストラヴィンスキーはやはり理知的だと思います。IT産業立国でありイノヴェィティブなインテリ層が集う現代アメリカに対するイメージには、こういった音楽の方がしっくり来ると思います。けれどもこの”火の鳥”の演奏は、ブーレーズのストラヴィンスキーにしては随分情緒感があるように感じます。曲調が曲調なのでそう感じてもおかしくは無いでしょう。


■ストラヴィンスキーの”春の祭典”:ドゥダメル/シモン・ボリバル・ユース・オーケストラ

当初想定していたアメリカンな趣からは逸れてしまうのですが、ドゥダメルと南米ベネズエラのオケであるシモン・ボリバル・ユース・オーケストラについても折角の機会なので触れておきたいと思います。若々しく溌剌としたドゥダメルと同オケによる演奏には、凝り固まったクラシック音楽界隈に新たな風を吹かせたものです。

ブーレーズによる”春の祭典”とは全く違い、極めて分かりやすい春の祭典だと思うのがこのドゥダメル盤です。ドゥダメル盤よりも聴きやすくて分かりやすい”春祭”は他に無いと思います。とにかく迫力が物凄いのです。ストラヴィンスキーの音楽なんてほとんど聴かない私とっては非常に有難い1枚です。


■バーンスタインの”ウエストサイド物語”よりマンボ:ドゥダメル/シモン・ボリバル・ユース・オーケストラ

マンボ発祥の地でありラテン音楽の聖地でもある、南米ベネズエラにおけるオケのノリの良さも恐ろしく凄まじいです。これが何とまぁ。こういったラテン音楽をやらせたら、このコンビの右に出る者はいないと感じさせます。理屈や説明なんていりません。聴いてみれば一発で分かります。ジャケット絵から推測されるそのまんまの楽しい音楽がひたすら聴こえてきます。これがクラシック音楽か?と言われると非常に微妙ですが…


■J.ウィリアムズの組曲”スター・ウォーズ”:メータ/ロサンゼルスフィル

最後はみんな大好きスター・ウォーズで締めたいと思います。プロオーケストラによる演奏や録音の機会こそ少ないですが、J.ウィリアムズの音楽がクラシック界隈においても魅力的であることは間違いありません。私も演奏する機会に恵まれたり、コンサートに誘われて聴いたこともあります。C3POの中の人の生話を聴いたりもしました。SWは良く知らないのですが、音楽は素晴らしいと思います。

メータ盤における組曲”スター・ウォーズ”の楽曲構成は以下の通りです。

  • Mein Title (通称スター・ウォーズのテーマ。タンギングが厳しかった記憶しかありません…)
  • Princess Leia’s Theme (王女レイアのテーマ)
  • The Little People (リトル・ピープル)
  • The Battle (どこの戦闘シーンなのでしょう?SWは詳しくないので分かりませんスミマセン)
  • The Throne Room – End Title (王座の間〜エンド・タイトル)

“なんでや!帝国のマーチ(通称ダース・ベイダーのテーマ)が入ってないやん!!帝国のマーチが聴きたかったから注文したの!!”と言うことにならないように、映画音楽から来た方にはまずはベスト・オブ・スター・ウォーズ盤の方を薦めさせて頂きます。映画で流れるそのままの音楽を楽しみたい人はベスト盤を買うべきです。ベスト盤はJ.ウィリアムズ本人が指揮を振っているだけあって、聴かせ方も段違いです。流石は本家本元の演奏です。

反面こちらのメータ盤は、良くも悪くもクラシック音楽を専門とする指揮者とオーケストラによる演奏です。クラシック音楽という殻を被ったままの演奏のように感じます。カップリングされているホルストの組曲”惑星”からも分かるように、あくまで”星(star)”をテーマにしたクラシック音楽という解釈(※)なのです。それが良さでもあり悪さでもあると思います。アメリカンによるアメリカンらしい録音ですが、聴く人を大いに選びそうな1枚です。恐らくはクラシックファンにしか必要のないアルバムだと思います。

(※)ホルストの組曲”惑星”には宇宙における惑星という意味合いは本来ありません。天文学的ではなくあくまで占星術上の”惑星”なのです。誤解されがちなので一応補足しておきます。

上乃木 燕二
クラシック音楽のブログを運営しています。後期ロマン派〜新ウィーン楽派がメイン。交響曲ネタが多目。オペラ・室内楽を扱うべく奮闘中。元トロンボーン奏者。チェロやりたい。マーラーとテンシュテットが心の師匠。